会長直筆のお葉書が届きました(@_@。と大大大ショック!

我がS社。
関東甲信越から九州まで展開する、社員、パート合わせて3000人規模の中小企業です。

会長(私が入社した7年前は社長)は、2~3回遠目に見たことはあるけど、お話したことはありません。
その会長から、あったかい文字のお葉書が届きました。

どうしてかというと、
前々回、社内報の取材を受けたとアップしましたが、その時私の話を聞いて泣いて下さった部長が、本社に戻り会長に報告したそうなんです。

S社の研修や勉強会で、たくさんの事に気づいたこと、清掃を通して感動したこと、S社で出会った素晴らしい仲間たち。
S社にご縁があったからこそ、今私は笑顔でいられる。

そんな話をしてくださったんだと思います。

そして、会長のお葉書には、
“私の人生は、『その出会いで人生を根本から変える時がある。良き出会いを』(みつを)でした”
というお言葉が書かれてありました。

ここだけの話ですが、
会長に負けず劣らず、
『出逢い』に関して私は最強の星の下に生まれたんじゃないかと自負してます

なぜなら、全ての出逢いは、(自分にとって)良き出逢いだと思ってるからです

年上の方からお葉書を頂いたからには、お返事出さなくちゃ!
何回も推敲し、書き直し、めちゃくちゃ疲れましたが、感謝の意が伝わるといいな!

そして、今日はもう一つご報告があります。
もう、大大大ショックです

広島営業所には男子社員が4人いるんですが、そのうち2人が転勤になります。
しかも、頼りにしていたお2人がいっぺんに
1人補充はあるそうですが。

去年の秋に新規物件が4件も重なり、バタバタしたのがようやく落ち着いて来て、これからって時に・・・
これでまた当分バタつくんだろうな・・・

出来る限りサポートしたいと思いますが、パートの分際で差し出がましいことをしてもいかがなものか。

まずは現場に支障が出ないように、やるしかないですね






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離婚記念日イブは夢のような時間を過ごしました!

3年前の今日6月16日、熟年離婚しました。
当日のことを思い出すと、遠い昔のような気がしますが、この3年間は、あっという間でした。

そして、離婚記念日イブにあたる昨日、マツダスタジアムでカープVSオリックス戦を観戦しましたー!

5年くらい前だったかな。
ママ友Kちゃんから、観戦する予定だったご主人の都合が悪くなったからと誘ってもらったことがありました。

そこで今度は、私がKちゃんをご招待。
方向音痴の私たちは、チケットを持ってうろうろ。


carp tiketto


係りの人に訊いて座った席は、なんと!ピッチャーが真正面の前から22列目!

チケットをもらったガソリンスタンドの所長さんは、『ほぼバックネット裏』と言われたけれど、バックネット裏の、しかもど真ん中でしす!


suzukiseiya.jpg


ねっ!真正面でしょ!?

広島駅から歩いて10分。
夏日の余韻が漂うスタジアム。
午後から1滴も水分を取ってない(意図的に)私の喉。

まずは

かーっ!
ひと口目の美味しいこと!
生きててよかったー!
こんな晴れやかな日が来るなんて思いもしなかった!

10年前の私に教えてやりたいよー!
10年後のあなたは、満面笑顔だよー!って。

カープも余裕で勝ったし!
菊池のファインプレー!安部の第1号ホームランも観た!

カープ観戦したい!という夢が叶った、素敵なイブになりました


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10年前。
元夫が家に帰らなくなって、パニック障害の私は、小2の次男を遊びに連れていくこともできず。
週末になるのが憂鬱でした。

そんな時、ご主人が単身赴任中だったKちゃんが、親子連れで、よく遊びに来てくれました。
彼女が運転して、4人で海に行ったり、お花見をしたり。

子ども達が中学生になり、部活があるようになったので、だんだん会う回数は減っていったのですが・・・

私が1番落ち込んでる時を一緒に過ごしてくれた大恩人です。







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本社部長から社内報の取材を受け、お互い涙涙(T_T)

先月、課長から、「社内報に取り上げたい」とのオファーがあったと連絡がありました。

といっても、もちろん私個人ではなく、
2月に金賞を頂いた『チーム カフェオレ』6名と、
Fスーパー担当のサイトマネージャー『F会』6名です。

カフェオレが研究発表した内容を受け、現在はF会が中心となって、Fスーパーの清掃業務他全般の見直しを推進しています。
その特集を組みたいとのことでした。

どちらにも所属している私が1番事情に詳しいということで、先日インタビューを受けました。

といっても、インタビュアーは、元広島営業所の課長。
2,3年前、その人柄、仕事ぶりが認められ、本社の部長に昇進。
今は、広島の自宅から山口の本社まで、毎日高速で通勤されてます。
しかも、女性!美人!パートさんからも絶大な信頼を得ている素敵な方です。

私も、何回か立ち話をしたことはありますが、面と向かって1対1は初めて。

宜しくお願いしますと挨拶するやいなや、
「トイレがきれいでびっくりした!全然臭いがないね~!」
と、褒めていただきました。

その一言をきっかけに、話は止まりませんでした。


最初は吐きそうなほどクサかったけど、一緒に働いてるTさんが排水溝を磨いて下さったお蔭で臭いがなくなったこと。

Tさんばかりにさせては申し訳ないので、私も気づいた箇所をするようにして、お互いがそういうふうにしてきたので、店内もキレイになり、Tさんとも夫婦以上にツーカーの仲であること。

トイレを見えないとこまでキレイにしたら、汚れることも少なくなり、神さまが住んでいらっしゃるに違いないと思っていること。

初期研修の時、『笑顔・挨拶・声掛け』を徹底的に叩きこまれ、その3つを続けていれば、あとで絶対自分を助けてくれると教わり、本当に、Fスーパーの従業員さんと人間関係が築け、とても働きやすいこと。

いつも熱ばかり出して、その度にTさんにシフトを替わってもらって・・・Tさんがいたから仕事を続けられてること。

サイトマネージャーのひとりひとりが頑張り屋さんで素晴らしい人達で、彼女達から刺激を受け、私も頑張ろうと思っていること。

S社のパートさんは、不思議といい人ばかりが集まって来る。
それはトップである会長が人として素晴らしいから、自然と引き寄せられるのではないかと思っていること。

月に1度の『木鶏会』(人間力を磨く勉強会)や広島営業所の図書コーナーの本で学んだことが、いろんなことを気づかせてくれたこと。


今まで思っていたことが、次々と口からほとばしりました。
私が今、やりがいを持って働けてるのは、S社のお蔭、Tさんのお蔭、パート仲間たちのお蔭です。

話を聞いてた部長が「鳥肌が立ったー!」と言って泣いて下さいました。
私の人生にとって、S社が大きな存在であったことに感動されたんでしょうね。

その後、私が3年前に離婚したプライベートな面に話が移行し、私もいつの間にか泣けてきました。
過去を悲しんでではありません。
感謝の涙です。

この激動?の10年を振り返ると、
辛かったのは渦中にいる時だけで、過ぎてしまえば、ただただ感謝の10年に変わりました。


この日は、インタビューというより、ただのお喋りになってしまったんですが、メインの取材はこの翌日にありましたので、また社内報が出来上がったらご報告しますね!







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前回の記事は言葉足らずだったので補記します

前回、
『友達は、30年前に別れたお母さんと再会し、全面拒否しました』
と、記しましたが、言葉足らずですいません。

お母さんを全面拒否したのではありません

その時お母さんが語った
①仕方なく離婚した
②再婚してからも苦労続きだった
③私の持ち物をあなたにあげる
という話の内容を全面拒否したのです。

もしも、お母さんがそんなことを言わず、娘の近況を訊いたり、元ご主人の様子をそれとなく訊いたりする程度なら、彼女も素直に対応していたと思います。

ただ、30年ぶりに会ったお母さんが、終始、言い訳めいたことや罪滅ぼし的なことばかり言ったから、むっとしたんです。

今になって、思い出したくもない過去のことを言われても、もう、こっちはとっくの昔に割り切ってるのに・・・
お母さんの顔に刻まれた皺や表情で、どんな人生を歩んできたか、聞かなくても想像できるのに・・・

しあわせか不幸かの報告なんていらない。
今、こうやってお互い元気で暮らしてるという確認さえ出来たら、それだけで充分。

彼女はそういう気持ちだったんです。
過去の事は、今さら掘り返してほしくないし、この先何も受け取る気もない。

なのに、お母さんが自分の気持ちを一方的にぶつけて来られたので、もうやめて!ってなりました。
少しでも自分をよく思われたいと必死で話すお母さんを受け入れられなかったんです。

彼女がいくら割り切ったといっても、男の人と出ていった事を忘れるはずがありません。
このまま一生母親と会わなかったら、封印したその事を思い出すこともなかったはずです。

なのに、よく会ったねって思う。
きっと、今回会うことで、「もう許してるよ」って、お母さんに伝えたかったんじゃないかな。

そんな娘の切ない気持ちを理解してほしい。

母がよかれと思う事と娘がしてほしい事の温度差を感じます。
それが覚悟の違いではないかと思いました。

私にそんな話をしてくれたけど、彼女の事です。
お母さんの気持ちを考えて(=自分の気持ちを抑えて)、うんうんって聞いてあげなかった自分を秘かに責めてるんじゃないかな。


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温度差の違いといえば・・・

何か私が母に贈ると、すぐ幾らしたかと訊いてきて、お金を出そうとします。
それを断ると、お返しを買ってきます。
私は、素直にありがとうって受け取ってくれるのが1番嬉しいのに、そんな事されると、私の好意が無になるじゃん!って腹が立ちます。

何度説明しても、解ってもらえません。
母は私の負担にならない事が娘孝行と思ってるんですよね。
温度差激しいです・・・







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親が子どもを捨てる覚悟、子が親に捨てられた覚悟

友達が30年ぶりにお母さんに会ったそうです。
娘のことを風の便りに聞いたのか、最初は友達の職場にお客さんとして現れました。
そこで立ち話をして、2回目はちゃんと時間を取ったそうです。

30年前の離婚の時、彼女は思春期。
お父さんに育てられ、紆余曲折がありながらも、今ではあったかい家庭を築いています。

お父さんは、ずっと独身ですが、お母さんは再婚しました。

当日、
娘に会ったら、この話をしよう、あの話をしよう。
そう思って臨まれたのでしょう。

どうしても耐えられなくて仕方なく離婚したこと。
再婚してからも苦労ばかりだったこと。
今自分が持ってるものは、いずれ娘であるあなたに譲るということ。

そんな話をされたそうです。

お母さんも苦労したんだね
ずっと私のこと想っていてくれてありがとう
恨んでなんてないよ

そんなセリフ、ドラマの中だけです。

友達は、全面拒否しました。

どんな理由であろうと、私が捨てられたことは事実
自分の苦労話なんかして、どういうつもりか
何もいらない何も欲しくないと・・・

そうだよな。

仕方なかったとか、苦労の連続だったって言われても、それは全て自分が選択した結果。
情に訴えて、少しでも自分の罪を軽くしようとしてるんでしょうか。

しかも、自分のものを譲るだなんて、そんな罪滅ぼしもどきをされたって迷惑なだけ。

「子どもを置いて出る」と決意したなら、一生会わない覚悟で捨てるべきだと思うのです。
何十年も経って、そんな言い訳されたって、いい迷惑です。
甘いです。
悪者に徹するべきです。

友達も、ここに至るまで相当苦労してます。
お母さんがいてくれたらと思ったことも数えきれません。

でも、母親に対して、最後まで自分やお父さんの苦労話は、ひと言もしませんでした。

彼女のほうは、親に捨てられた覚悟がちゃんと出来てます。

※ ケースバイケースがあるので一概には言えません。あくまで彼女のケースでの個人的感想です



とりライン


元夫は、子ども達に対して、「父ちゃんはお前達を捨てるから」というような言動を直接してないので、彼らは捨てられたなんて思ってません。

もし、30年後に現れたら・・・その時は、子どもの意思に任せるしかないですね。






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